JADEC: Japan Ability Development Engineering Center

1978 転換期における教育問題を考える(10周年記念シンポジウム)

開催月日

1978年10月27~29日

開催場所

能力開発工学センター(東京都東久留米市)

開催趣旨

 当センターは、本年9月をもって設立10周年を迎えました。
 私どもの教育哲学は「行動を通してのみ、人間は学習し形成される」ということであります。具体的な場における、自らの判断と行動の積み重ねによって主体的創造的行動力が育つと考えます。
 当センターではこの10年間、教育哲学を具体的な行動で立証すべく、活動を続けてきました。ここに、開設当時から現在に至るまで開発実践してきたさまざまな学習システムと教育研究活動の内容を見ていただき、教育のあり方を考える材料としていただきたいと、公開展示を企画いたしました。
 これまでの教育観は「学科によって知識を与え、実習によって技能を会得する」というものであした。それが、知識を固定的なものにし、技術が単なる動作の手順にとどまってしまうという結果をもたらしたのです。また、受身の姿勢をも育ててしまうことにもなりました。
 技術革新は仕事のあり方を変え、ゼロ成長社会,終身雇用制の崩壊は新しい価値観を必要としています。ここで教育は大きな役目を果たさなければなりません。人々を、対象に向かって主体的に働きかけ自ら生きがいを創造できる人間として育成するという役目です。
 パネルディスカッションでは、まさに会社の再生をかけた一大プロジェクトであった大日本製糖門司工場の従業員再教育プロジェクトを題材として、転換期における働く人々の教育の問題を考えたいと思います。

プログラム

第1部 能力開発工学センターの開発した学習システムの展示見学

 テーマ1:企業内教育の体質改善の提案-製糖工場における従業員再教育プロジェクト
 テーマ2:マイクロコン時代のコンピュータ学習システム
 テーマ3:創造的技術の形成
 テーマ4:探究としての科学の学習-小中高一環の電気学習システム
 テーマ5:教育技術の改善の課題を考える

第2部 パネルディスカッション

 「転換期における教育問題を考える」

パネラー 安倍 晋一 大日本製糖(株)技術部次長
岩井 龍也 九州大学教授
加賀谷新作 高岡女子高等学校校長
倉内 史郎 東洋大学教授
黒羽 亮一 日本経済新聞論説委員
河野 重男 御茶の水大学教授
矢口  新 能力開発工学センター所長
司 会 藤田 広一 慶応大学工学部教授

学習システム展示(第1部)のねらい

テーマ1:企業内教育の体質改善の提案-製糖工場における従業員再教育プロジェクト

 手順的操作しかできない機械の番人でなく、自分の操作対象であるシステムを把握し、主体的に働くことができる人間を育てる。それが企業内教育の目標でなければならない。能力開発工学センターが担当し、仕事の解析によって主体的人間を形成した大日本製糖門司工場における転換教育の実例を、学習システムとともに紹介する。

◆教育の目標 集中制御室のパネルに示された計測器の記号を体系的に把握し、計器のデータから、背景にある精糖システムの状況を解析・判断し、適切な操作行動に現すことができる科学的センスと全体システムを管理する力を育てる。
◆教育の段階 (1)-1 精糖の全工程を、机の上のミニ実験でとらえる学習
(1)-2 シミュレータで制御回路を設計構成することにより電気による制御のしくみをとらえる学習
 (シーケンス制御,フィードバック制御)
(2)  (1)で育った視点で稼動している現工場の製造システムを解析
(3)  図面の解読による新工場の製造システムの解析
◆教育の方式 座学(講義)は全くない、プログラムテキストにより、協同して自主的研究的に進めるグループ学習方式。協同する姿勢と、探究的姿勢を育てる。 (詳細はこちら)

テーマ2:マイクロコン時代のコンピュータ学習システム

 人間の能力をどんどん代行していくことになるであろうコンピュータ、これを人間が真に自分のものとして利用するには、その「はらわた」まで把握する必要がある。現在の情報処理教育の再検討への提案。

テーマ3:創造的技術の形成

 観念的な知識と手順の伝達から脱し、創造的な技術を生み出すための、シミュレーションという考え方に基づく具体的な行動の場の作り方の提案。

※以下をクリックすると参照ページが表示されます

理容ヘアカッティング技術 / 林業技術 / ラジオ修理技術 / 基礎看護技術 / 
自動車整備技術 / クレーン運転 / 自動車運転  の各学習システム 

テーマ4:探究としての科学の学習-小中高一環の電気学習システム

 探究する行動,姿勢を育てることこそが、科学教育である。科学的探究の場をいかに設けて、真実を探究する意欲と情熱を以下に育てるかが現代教育の課題である。小学校~高校までを対象とした学習システム「電気のしらべ方」、中学校の「数学」の学習システムを例にして、問題提起。

テーマ5:教育技術の改善の課題を考える

 人間を知識の容器とみるのではなく、人間を行動する存在として見直し、行動を育てる場をいかに構成するかを、教育改善の中心課題とするべきである。「航空管制行動訓練のCAIシステムを例にしての提案。

パネルディスカッション(第2部)の内容

テーマ:転換期における教育問題を考える
   -大日本製糖(株)門司工場における転換教育を例に-

その1 大日本製糖(株)門司工場における転換教育のあらまし

  • 集中制御方式オートメーションの導入で、従来の1/3の人員で工場の操業を行うという大きなシステム転換。人員整理はせず、ローテーション方式で作業は多くの人に公平にやってもらうという条件があった。
  • 従業員たちは、何十年も部分的な各工程の制御装置を、手順的に操作してきた。全体的な精糖のプロセスがとらえられていない、平均年齢42才という高齢化集団。高等小学校卒の従業員もいた。そういう条件の中での教育だった。
  • これまでの一般的産業労働のあり方は、人間をピースワーカーとして使い、いろいろな部署を回ってシステマティックに把握させるようにはなっていない。ピースワークを何年もやっていると、労働に意欲を持ってやらなくなる。自分の仕事として工夫しようとする姿勢は生まれてこない。
  • 技術が高度に進み全工程を集中的自動制御で運転しようとなると、ピースワーカーでは成り立たない。運転チームのそれぞれが全工程を心得ていて、それらが協力し主体的に行動することによって、生産性が高まる。これまでの人間を部品と考えるような人間観を転換しなければならない。教育のあり方にも根本的に転換を必要とする。
  • 知識や技術の断片を寄せ集めたような教育ではなく、生活の全体、仕事の全体を自分の力で測定して判断し処理するということにしなければ生きた力をつけることにつながらない。その意味で、これは大変な教育の転換だということになる。

(実施した教育の目標,段階,方式については前項テーマ1参照)

その2 本格的な教育を実施する難しさ

  • 門司工場では教育実施のための社内のコンセンサスを得るのが難しかった。「手順を教えれば人間は働く」という人間観教育観を変えるのに苦労した。
  • そういう人間観教育観は、学校教育が作っている。誰かが整理した結果を教え記憶させることを重視し、自分で自然や社会の現象から読み取るという行動のしかたを身につけさせない、という学校のあり方に問題がある。

その3 準備としての学習と生活の中の学習

  • 内容的には同じでも、目の前の自分の生活の中、仕事の中にあることかどうかで、学習の意欲態度に違いが出てくる。
  • 知識を与えるという考え方、それを覚えておけば将来どこかで役に立つという考え方がおかしいのではないか。今の自分の行き方、考え行動して行くことに(知識が)働いているという実感がないというのは、積極的な態度を持たせられない。それでは学習の意欲は元より、生きる意欲を育てることができない。

その4 学習における全体と部分

  • トレーニングスクールでの学習が、実習時間が多いにもかかわらず、実際の仕事に役立たないという現実が多く見られる。学校で基礎として学ぶものが、現実の社会における基礎になっていないことの問題である。(学校における基礎と、現実社会の基礎とのずれの問題)
  • 基礎と応用のとらえ方が、現実の生活や仕事の土台から考えられていない。
  • 現実の場は総合的なもの。砂糖製造においては、砂糖の性質も考えながら、電気や機械のことも考えて
    全体を分析し総合していくという行動の仕方が必要。全体の場がないところで、部分だけを覚えさせようとする、それが問題なのではないか。

その5 新しい実学の観点

  • 現代の学校教育を転換させるには、新しく実学という考え方が成立する必要があるのではないか。実験・実習・座学も一丸として、新たな姿勢,真実の行動のしかたは何かということを探究していくような学習が必要ではないか。
  • 一人一人が孤独の学習をする、教科書を覚えるということでなく、皆で協力して学習するというグループ学習も考え直してよい。
  • 人間の行動のしかたを育てるという点で、学習のあり方全体を考え直す必要がある。
  • そうしたことを土台にして、生涯教育の体系が成立するとよい。単に職場の中だけの問題にとどめたくない。