1994年2月25日
国立教育会館(東京都港区虎ノ門)
今年度、当センターは創立25周年を迎えた。この間一貫して、研究・提唱してきした主体的行動力を育てる教育の中核の思想は、「主体的行動力は、行動を通じて育つ」ということであり、これを踏まえて「目標とする行動を分析し、行動形成の学習システムを設計する」というテクノロジー(能力開発工学)を確立してきた。その結果は、産業界をはじめとして、情報処理教育,自動車教習,看護教育など各方面に導入され、創造的主体的能力の形成に効果を上げている。
旧体制の崩壊やアジアの台頭など、世界的変革の時代を迎えて、社会も企業も構造的転換が必至であり、人間の能力として、変化に対応する柔軟な思考力,新たなものに取り組む創造的主体的能力が強く求められている。危機的状況の今こそ、そうした能力の開発について真剣に考えてみる必要があるのではないかと考え、これまで長年にわたって行動中心の教育に取り組まれてこられた企業の方々に、実践報告していただき、この変革期における創造的主体的能力の開発のあり方を探る「研究集会」を企画した。
(なお、本会は、当センター初代所長・常務理事であった故矢口新の業績を継承・発展させることを目的とした3ヵ年の特別事業の一環として実施するものである。)
新日鉄(株)広畑製鉄所
旭化成工業(株)
(株)コヤマドライビングスクール
能力開発工学センター
「能力開発工学25年の歩みと今日的意義」
(財)能力開発工学センター常務理事 安田 浩
「変革期における創造的主体的能力の開発をめざして」
<コーディネータ> | 奥田健二 | 上智大学経済学部教授 |
<話題提供者> | 吉野博弼 | 富士ゼロックス(株)理事 |
宮田 馨 | (株)日本コンサルタントグループ理事 | |
新野喜一 | 新野産業開発研究所所長 |
<旭化成工業(株)延岡技術訓練センター長 上野耕正>
延岡技術訓練センターにおいては、コンピュータ化に進む生産現場で「意欲を持って働く現場マン」を育てることを目標として、20年来教育訓練を実施している。訓練センターでは、スタッフのほとんどが現場経験者であり、そのスタッフが能力開発工学の基盤を習得し、自ら学習システムを作成して、さらに自分たちで指導に当たるという手作りの教育を実施している。今回は、特に化学プラントCRT制御システムのシミュレータを活用した訓練を中心に報告する。
<(東邦ガス(株)元トレーニングセンター 土屋光夫>
ガス業界では、20年余にわたって「天然ガス転換事業」が全国規模で展開されており、各ガス会社ではそのためのガス機器調整員の養成に並々ならぬエネルギーを注いできている。
調整員に必要な能力は安全で正確な技術はもとより、さらにさまざまな場で自在に対応できる柔軟な行動力、そしてお客様へのサービス精神などが欠かせない。それらを確実に育てるために、各社とも徹底的な「行動中心の学習」を採用し、教育効果を上げている。その状況を報告する。
<(株)コヤマドライビングスクール教育実践研究開発センター 志村繁彦,高脇 薫,林 博臣>
本年5月教習カリキュラムが、技能教習を中心に大きく変わる。その基本的なねらいは、検定に受かるための教習から、実際の運転の場で正確・安全な運転ができるドライバーの養成への転換にある。
従来のロボット養成的教習から脱皮して、場の状況を自分で測定・判断して安全運転できる能力を育てるカリキュラムへの転換が要請されているのである。
20年余にわたって指導員に行動分析の研修を実施し、その成果を土台にして、新しい主体的学習を成立させるカリキュラムの開発に取り組んできた実践を報告する。
<能力開発工学センター 矢口哲郎 白尾彰浩>
システム化への社会的要請が高まる一方、有効な情報システムを設計する要員の養成は大幅に遅れており、通産省も、この状況を重視し、昨年来システムエンジニアを養成するためのカリキュラム改訂に着手している。
しかし、現実に有効な情報システムの構築には、専門要員だけではなく、ユーザー側のシステム設計能力,システム開発能力,システム運用能力などの質的向上が不可欠である。当センターでは、その能力を「システム構築能力(システムリテラシー)」と名づけて、その教育について実践的研究を進めてきた。今回はその集大成としてカリキュラムの基本構成を提案する。
※発表内容は当センター研究紀要64号に掲載。
<((財)能力開発工学センター常務理事 安田 浩>
《特別展示》
講演の内容を具体的に紹介する意味で、当センターが開発した学習システムや、システムを紹介する資料を会場に展示。
●行動シミュレーションのCAIシステム
科学技術庁の研究費を受けて研究開発した、航空管制行動の形成を目的としたCAIシステムで、管制官に求められる頭の働きを育てる学習の場を追求したものである。主体的行動力をコンピュータによる時間制御の場で育てる学習システム。
●当センターが創設以来研究開発した学習システム(約20点)を紹介する資料
・自動車運転,看護技術,林業などの技術習得のための学習システム
・コンピュータについての概念や技術を習得するための学習システム
・製造現場のオートメーションシステムをつかむための学習システム
国際的生産環境,国内的経済状況,さらには人々の価値観など、さまざまな変化に対応する人間能力の形成について、できるだけ具体状況を踏まえて検討する。
<コーディネータ> | 奥田健二 | 上智大学経済学部教授 |
<話題提供者> | 吉野博弼 | 富士ゼロックス(株)理事 |
宮田 馨 | (株)日本コンサルタントグループ理事 | |
新野喜一 | 新野産業開発研究所所長 |
<富士ゼロックス(株)理事 吉野博弼>
これからの時代を“会社(組織)”と“個”が「共生」「共創」する時代へと位置づけ、日本は「よいものを安く作る」から「創造する」へ、また「利益を上げる」から「社会に役に立つ」へと方向転換しなければならないと認識するゼロックス社は、“組織中心”から“個中心”へと企業文化を変えていく(つまり、一人一人が創造的に働くという方向に転換していく)ため、「ニュー・ワーク・ウェイ」という取り組みをしている。
トークナードと呼ぶトップとの話し合いの場にはじまり、若い層から中高年・管理職クラスへと意識を改革していくプロセス、さらにそれを行動化していくための創造的実績を評価するシステム「加点主義」、節目節目で社員が自分の進路を設計していく「キャリア・カウンセリング」といった社内体制の改革、自己革新を進めるための自己投資型の「有料教育システム」、社内での自分の目標を立てるための「仕事カタログ方式」などの試みを紹介する。
<(株)日本コンサルタントグループ理事 宮田 馨>
ここ10年の企業活動の条件は激変しており、10年前の優良企業の条件はいまや通用しない。従来からの会社のビヘイビア(行動形態)を積極的に代えていかなくてはならない時代である。地球環境問題、社会的責任、働く人々の自己実現などにどう応えていくかが企業の課題である。会社組織と“個” “ライバルメーカー” “地球社会” “地球環境” と共生するための、何をしていくが問われている。「How to」から「What to do」へと課題が変化したのである。
それを実現するのは、自分のアイデア、特性を主張できる“新しい個の育成” にかかる。そのための場作りが、これからの企業の教育担当者のやるべき仕事で、単に知識を与えるということから末端の人までやる気を起こすようにすることへと変わらなければならない。
<新野産業開発研究所所長 新野喜一>
韓国大手電気炉メーカーに対して行った、技術及び教育の援助の実例を紹介する。
非常に稼働率の悪かった工場に対して行った、つぎの3つのような指導が、短時間で大きな効果を上げた。
1.幹部年長者に経営側の仕事,現場の仕事を分けて対策を採るように指導したこと
2.グループ単位で仕事をさせたこと
3.工場現場で作ったものの中から、標準化をすすめたこと。
いずれも、あらかじめ用意しておいたことではなく、行った先の状況の中から生み出した方法である。