JADEC: Japan Ability Development Engineering Center

1975 ゼロ成長社会における教育訓練のあり方を探る

開催月日

1975年7月30日~8月1日

開催場所

第1日:京都市シルクホール
第2日:第3日:京都会館

開催趣旨

社会は今や変動の時代に入った。経済に関して高度成長が止まったということにとどまらず、これを発端として人間生活に根本的な姿勢の転換が要求されることになる。それはまた、人々の人生観,世界観,職業観の変化ともなり、やがて大きなうねりとなって歴史の方向を変えることだろう。

歴史は、動乱の時代が常に人間の心の姿勢の転換の時代に起こっていることを物語っている。現代も一歩誤れば大きな動乱を招くことになりかねない。このような変動の時期に、人間の姿勢を転換し、新しい価値を創造し平和の裡に新時代をつくるのは、ひとえに教育がいかなる人間を育成するかにかかっている。

それには一刻も早く教育訓練の姿勢を転換して、新たな歩みを始める必要がある。当センターは、過去十年にわたって多くの同志とともにこの道を探究し続けてきた。この重大な時期に当たって、相互に同志相寄り、その実践の成果と問題点を検討しあい、つぎへの前進を発見したいと考えている。また、企業内教育,学校教育を問わず、教育の原点を問題とされる方々もぜひご参加願いたい。

プログラム

1.実践・研究報告と討議

第1日 創造性の開発と行動形成
 【報告】富山県科学教育センター他、小諸自動車教習所,日本航空(株)
第2日 教育転換の方向と対策を探る
 【報告】黒崎窯業(株),川崎製鉄(株)千葉製鉄所、能力開発工学センター
第3日 能力の開発と意欲の向上
 【報告】大阪ガス(株)トレーニングセンター、横浜市立商業高校理容別科
《指定討論者》 *印は第3日のみ参加
 岩井龍也 九州大学教育学部教授  臼杵 明* 東京都荒川工業高等学校教諭
 加賀谷新作 富山県科学教育センター所長  紙谷良夫* 黒崎窯業(株)専務取締役
 藤田廣一 慶応大学工学部長  松原純市* 国際電信電話(株)
 盛野成信* 富山県科学教育センター主任指導主事
《司 会》 矢口 新  (財)能力開発工学センター所長

2.会場展示

(※展示内容はリンク先のページに紹介してあります)

 (1)電気のしらべ方-探究行動姿勢を育てる学習システム (※リンク
 (2)シミュレータによるコンピュータ学習システム
 (3)天然ガス転換調整員教育の学習教材 (※リンク

実践・研究報告と討議の趣旨

第1日 創造性の開発と行動形成

テーマ1 創造性開発のための教育を探る

【報告】 ●探究学習による創造力の向上を目指して 福光町小学校教諭 畑 清男
●探究行動を育てるクラブ活動の実践研究 福光町教育センター 土生居弘
●生徒の行動はどう変わったか 富山県科学教育センター 高畠行雄
●システム開発における教師の探究姿勢 富山県科学教育センター 明瀬正則
【討議】 自主的創造的行動を形成する教育の姿勢,学習システム,教師の姿勢はどうあるべきか

当センターでは、昭和48年(1973年)から富山県科学教育センターや福光町教育センターの協力を得て、「電気のしらべ方」の学習システムの教育実験を実施している。

われわれが開発したこのシステムは、生徒が自らの力で科学していくことを目指したもので、伝統的な教育の方式とは多分に異なっている。この学習では生徒たちは、3~4人のグループにより、学習プログラムにヒントを与えられながら自主的に探究する場におかれる。教師は一般的な「知識を与える」という伝統的指導ではなく、学習者の主体的な探究行動を「いかに援助するか」という姿勢で行動することを要求される。学習者がいかなる姿勢で探究行動をしているかをとらえなければならない。学習者を評価する観点が「知識獲得」から、「行動形成」に変わるのである。

教師自身がこのように姿勢を転換させるということはそう簡単なことではない。しかし、そのことを達成しなければ、生徒たちの行動の成長の過程をとらえて、真に人間形成をはかる教育は実現しないのではないか。報告は、この実験に参加した4人の偽らざる体験である。そこに現在われわれの行っている教育がもつさまざま問題が語られる。

テーマ2 行動形成の基本方式を探る

【報告】 ●パイロット訓練における学科と実習の問題をめぐって 日本航空(株) 本間正男
●シミュレータを利用する自動車教習の効果について 能力開発工学センター 安田 浩
●シミュレータによる運転教習実験に参加して 小諸自動車教習所 木島公昭,武井勝利,木島和夫
【討議】 行動形成における知識・技術の問題を検討する

自動車と航空機は現代の交通機関を代表するものと言ってもよい。しかし、ドライバー,パイロットの教育に関してはその密度に大きな違いがある。

ドライバーはいまや道行く人と大して変わりがない。自動車運転の教育は手軽に、いきなり自動車に乗せて訓練する。学科も通りいっぺんで、筆記試験に受かる程度でよいとされている。それに対してごく少数のスペシャリストである航空機のパイロットに対しては、学科にしても実技の訓練にしても、膨大なエネルギーをかけている。実技には特にシミュレータを開発し教育している。教育に対する力の入れ方が全く違う。

しかし、教育の方式を見ると、共通の思想を持っている。それは、基本的に知識(学科)を土台にして実技を訓練していく(実習)という考え方である。自動車の例で言えば、学科というのは交通法規とか自動車の構造などで、それらはバラバラに講義で教えられ、それとは関連することなく運転実技の教育が行われる。

技術というものは、もっとその行動の場にふさわしい人間行動として成立させるように教育されるべきではないか。そのためには、技術と知識は、どう構造つけられて教育されるべきなのか。学習システムとしての工夫はどうあるべきか、考えてみたい。

第2日 教育転換の方向と対策を探る

テーマ1 教育転換はいかになされつつあるか

【報告】 ●教育の改善の過程と現状及び問題   黒崎窯業株式会社 紙谷良夫,松田良輔
●教育の改善の過程と現状及び問題  川崎製鉄(株)千葉製鉄所 山本朔朗
【討議】 産業内教育の転換の具体的方策を探る

企業ベースという言葉がある。企業内で行う教育についていろいろと話し合っているときにも、この言葉が出てくる。それは、教育の能率について厳しい要求をするという点で、教育によい刺激を与えることもあるが、逆に教育として本質的になさねばならぬことを曲げてしまうこともある。それは当事者からすれば別に悪意があるわけではない。経済的に、手軽に、能率的にと考えるだけである。そして、自分の持っている常識でそれを実現する。しかし、その過程で、本質的に教育として必要なものが知らず知らずに捨てられてしまうのである。

企業の教育も人間教育という点では、教育の本質を曲げてはならない。現代の一般的風潮が企業ベースという打算の論理に支配されているとき、人間不在の教育を改めていく努力をすることは、きわめて困難な問題である。しかし、そうした努力が現代企業の中に全然ないわけではない。気長に時間をかけて行っている営みも多く見られる。それは、われわれのなすべきことの参考となる。ここでは、黒崎窯業と川崎製鉄千葉工場の2つの教育改善の実践例を取り上げる。

テーマ2 システム設計の基本方式を探る

【報告】 ●航空管制官の学習システム設計 能力開発工学センター 安田 浩、塩田昭典
●コンピュータサイエンスの学習システム 能力開発工学センター 小澤秀子,井登幸雄
富山県科学教育センター 米島秀次
【討議】 様々な類型の行動目標に到達させるための学習システムの設計手順を検討する

前者は当センターが科学技術庁の委託を受けて、昭和48年度より研究を開始したものであり、現在まだ研究中である。今年度は、開発したシステムによってトライアウトを行うのが中心課題である。今回は、管制官の行動分析からシステム設計に至るまでのプロセスを主として報告する。

後者は、当センターと富山県科学教育センターとが協力して研究したものである。過去4年にわたって当センターはコンピュータの基礎学習としての入門編,言語学習としてのコボル,フォートランの開発を進めてきたが、それに伴って、コンピュータの基礎学習として学習者に論理的思考とを電子回路の直感像と会得させる必要を感じた。それを含めて初めて、全体としてのコンピュータサイエンスの基礎学習としてのカリキュラムの全貌についての構想をとらえたと考えるにいたった。

論理的思考はあくまで主体的,創造的な姿勢を必要とするもので、それには具体的直感材料が必要である。ここで発表するのは、シミュレータによるコンピュータ構成を行う中で、その目標に迫ろうと意図したものである。

第3日 能力の開発と意欲の向上

テーマ1 能力開発の問題点を探る

【報告】 ●仕事に打ち込む技術者の形成
 -天然ガス転換の調整員教育-
大阪ガス(株)トレーニングセンター 佐藤行一,川上亨,諏訪秀行,西村好一
片岡十生,野村尚志,上山保典
【討議】 技術者の能力開発の基本問題と管理体制のあり方を探る

大阪ガス(株)のトレーニングセンターが開発した天然ガス転換調整員の訓練システムは、極めて注目すべきものである。約1万ステップといわれる150種類のプログラムテキストが30セットも整えられたこと、そしてその学習システムの中で使われるシミュレータや実物機材を見ると、その費用もさることながら、そのシステムを開発した人々のこれに費やしたエネルギーは大変なものであったことが想像できる。
一つの理想を描いて、一つの教え方でシステムを設計し、それに基づいて一切の教材教具を開発しそろえていくという全体の体制がまず特異なのである。それを実現するには企業として大変勇気のいることであろう。そこに大阪ガス(株)のただならぬ決意を見ることができる。

それは天然ガス転換の調整の仕事が、まかり間違えば、人命にも関することであり、しかもその仕事を調整員は各家庭へ出向して、そこで仕事を自己の責任において処理しなければならない。いわば一人ひとりが人命を預かる仕事なのである。こういう性質の仕事をする人間を育てることにおいて、初めて勇気と決断が生まれて本物の教育が生まれたのだと言えよう。

テーマ2 意欲の向上と態度の形成はいかにしてなされるか

【報告】 ●シミュレータを利用したプログラム学習方式による技術形成の成果を検討する
横浜市立商業高校理容別科 林誠一,柴崎宣雄,守屋武,関根茂男
野尻万憲,金本博昌
能力開発工学センター 小澤秀子
【討議】 技術形成の本質を探る

シミュレータを利用したプログラム学習方式によるカッティング技術は、1972年当センターが日本理容美容教育センターの委託を受けて開発した学習システムである。横浜市立商業高校理容別科(以下Y校)では、1974年度からこの学習システムを導入し、授業を行っている。

今回報告するのは、授業を指導している先生方の指導体験である。不思議なことに、それは、ヘアカッティング技術の教育というより、人間の教育問題である。生徒が技術を自ら修得し、仲間と協力して技術のポイントを発見していく、その全人的努力に対して、人間として指導はどうすべきかを考えていることが語られる。技術の教育とはこうありたいものだと、感じさせられる。

それに引き換え、現代の教師は巨大なシステムの中での単なるピースワーカーに陥っているのではないか。知識の切り売り人となっていて、人間として生きることへの指導者となっていないのではないか。そのことを強く感じるのは、Y校の先生方がそれぞれ理容師として立派な職業人であり、その人が教師となったとき、自分の後継者を育成するというところに、一般の教師との違いがあるのではないか。教育のあり方、教師のあり方について考える材料が多い報告である。